Talking over with you, the wise.

エンジンプラス10周年を記念し、
これまでお世話になった「広告界の賢人」に弊社スタッフがお話を伺って参りました。

岡﨑さんのインタビュー前編もいよいよ最後。
仕組みそのものの持つ力や、狙い、そのダイナミズムなどについての事例について、語りは続きます。
インタビュアー達は無い頭脳をフル回転で、必死でついていきます。

昨日までのルールと手続きが一番安心するからって、それは甘い。

岡﨑:
だから頼まれればやるけども、それを本業にとは思わなくて。
でも本当だったらこういうことには新しい名前を付けたほうがいいんですよ。スポーツエンゲージメントビジネスとか、何か名前を付けると、大きくドーンと言うと、「ええ?」とみんな言って、近寄ってきて、「ぜひ何かやってほしい」とかっていうふうになるんだろうなと思いますけどね。これもやっぱりね、半世紀前の電通はね、そうやってたんですよね。
EP2:
そうか。
岡﨑:
つまりね。例えば、ちょうどこの4、5年ぐらい「マッドメン(注16)」というドラマをやって。
EP2:
はい。
岡﨑:
あれがね、1960年代からのマディソン・アヴェニューの広告屋の話じゃないですか。あのシリーズと、うちにたまたま昔からあった吉田秀雄というね、電通の名物社長の訓示の文章と時系列で比較したことあるんです。そしたらね、ドンピシャで合ってるんですよ。時間が。今から50年前。そのシーズン2で、「テレビ担当」というのが生まれる瞬間なの。
EP2:
はあー。
岡﨑:
媒体担当。CMの中になんかヤバイシーンがあると「!」みたいな。ドラマとの兼ね合いどうしよう、みたいなシーンとかがある。一方、ちょうどそのときに吉田秀雄が訓示で広告の科学化とかマーケティングという言葉を使い出したんですよ、62年に。でも62年て、どういう年かというと、「三丁目の夕日」ですから。
EP2:
おお。
岡﨑:
あんな時代なんですよ、日本が。あんな時代にマーケティングと言っちゃうんですよ。で、視聴率調査が開始されたという。この前ビデオリサーチの創立50周年のイベントに行ったら、初回のね、一番最初の視聴率調査票があった。見たら、天気とか書いてあるわけ。「晴れ」とか「曇り」とかって。街頭テレビ向けかね。それぐらい素朴な調査なんだけど。でも、今言われてるマーケティングが必要なほど企業が熟していないし、そんな状況じゃないでしょ。

そう考えればね、なんでそんなことしたんだろうって思うと、今僕が話したようなもっと大きく儲けるというか、付加価値が高い動き方というようなことをどんな細工かわかんないけど考えて、それにマーケティングって名前付けておけばいいじゃないかというふうにしたんじゃないかと思います。マーケティングという言葉とかクリエイティビティという言葉で儲かったのはそのときが一番儲かったんだ。それにかけていわゆるクライアントが投資的をお金を出したとかいう感じがする。それは要するにリサーチのお金だしたり、広告を出し続けるという仕組みを維持するために、あのスキームは今でもずっと残ってるでしょ。
そのマーケティングという言葉が言われてから、25年後に僕は広告の世界に入ったんです、電通に。マーケティング局に入ったんですね。そのときに見たマーケティングというのは、このマーケティングという言葉があったせいで社内がこの言葉自体を研究しちゃってるんですよね。
EP2:
なるほど。
岡﨑:
マーケティングって何んだろうって、ずーっと追究し始めて。
EP2:
うん、わかる、わかる。
岡﨑:
そうすると今度は儲ける仕組みが矮小化していくんです。
EP2:
そうですね。コピーとって、コピーとって、コピーとる。
岡﨑:
そう、そう、そう。マーケティングという「言葉の定義」はできるようになり、だんだん決まってくるんだけども、そのことによって「何だかわかんないんだけど、とんでもない解決方法だったね。」というものは消えてるんですね。
電通の昔の先輩たちにときどき会ったりすると、昔は営業企画局というのがあって。例えば最近教えてもらった「小谷正一」というプロデューサー、井上靖の「闘牛」という芥川賞の小説のモデルなんですけど、戦後に甲子園に宇和島の闘牛を持って行って大失敗した人なの。群像劇なんですけど。でね、CIが始まる前ぐらいの頃にはそういうすごい人がいたそうです。
EP2:
へー。
岡﨑:
CIとは、とか、マーケティングとは、ブランディングコンサルとは、と言って、それを定義し始めたりするところから、どんどん狭くなってやりにくくなっちゃう。プロデューサーって、仕事が無くても先出ししなきゃいけなかったり、仕事の有る無しに関わらず長いこと付き合わないといけないじゃないですか。やっぱそういうことができなくなって。
EP2:
確かに。
岡﨑:
そういうのはね、すごい感じますね。今やりにくいでしょ、何々プランニングとかいっぱいでてくると、若いプランナーは定義教えてもらって、そこにアジャストしようとするから。
EP2:
そうですね。
岡﨑:
えらい矮小化した仕事になってくる。だから、今そういう現場に突きつけられていることというのは、保守と革新の問題というのが本質的なテーマで。
自分にきてる仕事は「あらぬ方向から、あらぬものが降ってきて、それをとんでもない解決方法でもってして、事態が変わってる」みたいなことっていうのが好きだったり、そういうことばっかりやってるじゃないですか。だけど決める側というのは、それを採用するのは怖いんですよ。
EP2:
そうですね。当然そうなんですよ。
岡﨑:
その結果のために自分たちの理解できない方法を採用できないんですよ。
EP1:
うーん(笑)。そうです。
岡﨑:
それまで自分たちがやってきた手続き。
EP2:
そうなんです。
岡﨑:
そのことによってしかその先を見えないので。そうすると、それが保守ということで。
EP2:
そうですね。
岡﨑:
そうするとですね、そこにあるような「本当のことかもしれないけど、それを理解したり共有したりする方法がないもの」については、それがチャンスだろうが何だろうが無視するという、そういうふうになってるんです。でもリスクというものを本当にそう捉えてしまったら、未知、つまり見えないもの、想定外の事態への取り組み自体が破綻するんですよね。それが要するに原発だったり、オリンピックもそうですけど、そういうことになっていく。今この年齢になってきて、このキャリアになってきてどうなってるかというと、そこをどうやってメビウスの輪みたいに、表から裏に変わる瞬間みたいなところをね。今までなれてきたやり方から、全く未知の世界へと、どうスムーズに踏み出させていくのかというところにこだわるんです。
EP2:
うーん。


岡﨑:
直近でいうとね、××××××。×××××××××屋の人たちが初めて戦略というふうなことについて行き詰った。あらゆる調達コストを全部コンペにして、アイミツとってやってる会社なんです。いままでね。でも要は戦略を考えないと駄目なんだということに気が付いたらしくて。「じゃ、戦略コンサルやりましょうか」と言うと、戦略コンサルというのを採用した経験がない。手続きがないんです。「調達…戦略を調達するのか?」という感じに行き詰ってコンペになってるんですけど。仕方がないからコンペが販促ツールの業者の採用コンペになってる。だけど、要求されてることは戦略ストーリーっていう。
EP2:
「戦略の調達」ってすごいな。
岡﨑:
会いに行くと本当に困ってる…

これがさっきの話にグルっと戻って、今二、三十代の人たちにとっても大事なことなんですよね。でもさ、何が保守かも、もうわからないんだとも思うわ。だってさ、例えばシェアオフィスとかあるでしょう。最近。
EP2:
うん。
岡﨑:
最近行くことがあるんですよね。「次の新しい学校づくり」というのに関わって、場所借りから全部関わってるんだけど。そうすると遊休施設で、遊休というか規格に合わないからあと2年で壊すとか、そういうところの「女子寮の1階の食堂をカフェにしちゃえ」みたいな形で、上から全部シェアオフィスになってて。間仕切ったところにみんな自分なりの何かいろんなことをね、やるんですけど。全然スタートアップって感じがしないわけよ、見ると。これ、駄目だろうな、というか。なんかこう、全然新しくなってない感じがするわけですよね。こんな所に行ったら絶対起業できないよっていう感覚がするんですよ。
僕らの、世代的に無謀なことに鈍感な世代というか、バブルのこともあって。それにくらべて、もっといろんなことで損してばかりいるという世代の人たちにとっては違うかもしれないけれど、それでも…ね、新しいとこに新しい構図を作らなきゃいけないとか言ってるときに、結局みんな昨日までのルールを。
EP2:
そうですよね。
岡﨑:
昨日までのルールと手続きが一番安心するからって。そこでそういう担保しておいて、その先まで飛べると思ってる、それは甘いもの。
これがね、特に若い方にはそんなものがあるべきじゃないんだけども、往々にしてその世代にはあるんじゃないかという。そこから引きずり出す仕事が今これから始まる仕事。


後編は若い世代へのお話や、岡﨑さん自身の夢について語っていただきます。次回をお楽しみに!


 

注^ をクリックすると各注記の文中元に戻ります。

注1^
フルカワさん:古川裕也さん。カンヌをはじめとする国際広告祭で、数多くの受賞を誇るエグゼクティブクリエイティブディレクター。最近の作品「牛乳に相談だ。」、もう大好きです。
注2^
大帝国:大帝国劇場。90年代初頭にTBS系列の深夜枠で放送していた30分番組。ひとことでは言いにくいが、いわば情報企画コント番組。
「スネークマンショウ」の桑原茂一がスーパーバイザーをつとめた。
中でも、通常コマーシャルが入る番組開始15分頃になるとなぜかミニドラマが始まり、そのドラマの中で無理矢理、スポンサーの大塚製薬「ポカリスエット」の商品宣伝をおこなうという映画「トゥルーマンショウ」さながらの力業をおこなっていた。タイトルは『純白の家』。毎回前回までのあらすじ、オープニング、予告も流す。本編も含めて5分くらい。とても話題になった。
注3^
高輪:エンジングループは設立当時、港区白金は高輪にオフィスがあった。
注4^
スギヤマさん:杉山恒太郎さん。エグゼクティブクリエイティブディレクター。電通 常務取締役、顧問を経て、2012年4月 ライトパブリシティ代表取締役 副社長に就任。イギリスの雑誌で特集されたこともある世界的広告クリエーターである。「ピッカピカの一年生」「セブンイレブンいい気分」で有名。
注5^
コニシさん:小西健太郎。エンジングループに属する会社「スケール」の現代表取締役。最初はエンジンフイルムにいた。背が高い。
注6^
ヤスダさん:安田匡裕。電通映画社にてCMディレクターとして多数のCMを企画・演出に携わる。同社退社後にエンジングループを創設し、CM制作に取り組む一方で親交のあった相米慎二監督の映画プロデュースにも携わった。是枝裕和監督、西川美和監督らの作品にもプロデュース、企画・制作などで参加した。
注7^
ダンさん:檀太郎。エッセイスト、CMプロデューサーであり、エンジングループ創設メンバー。新・檀流クッキング他著書多数。CM制作の現場で振る舞うときもあるその料理はもはや伝説の味。おいしいです。
注8^
「M」:セイコーウオッチ(株)の女性向け腕時計のブランド。岡﨑さんはこのブランドの立ち上げに深くかかわった。ブランドコンセプトを作るときに、ニューヨークのソーホーにさまざまなキーパーソンを招致してクライアントとともにンタビューをおこない、その後、映画さながらカリブ海のリゾートに飛ぶ体験をクライアントにしてもらうなど、通常の視察を大きく超えたやり方で度肝を抜いた。 
注9^
オートランの着地のスピードの話:制作当時の最先端テクのひとつだったグーグルアースを誰もやったことのない使い方をしながら、女スパイが世界を飛び回る世界観を作ろうと試みた。詳細が言えないので、なんかそんなことを想像してください。
注10^
エノキドさん:榎戸耕史さん。映画監督。長く相米監督の助監督をつとめ、日本で一番たくさん映画を見ている(?)映画監督としても有名。
注11^
オオカワイサオさん:大川功さん。株式会社CSK創業者。株式会社セガの会長。また当時はセガのプロバイダー分野をisao.netとして承継して事業を開始した。さまざまな伝説の持ち主で、古川亨氏が語るところによると「ゲーム機にネット接続の話をするなら、時間の無駄だから返ってくれ」とビル・ゲイツに言われた大川氏はプライベートジェットで帰途の途中、MIT(マサチューセッツ工科大学)への40億円超の寄付を決断したという。そのときに言った言葉が「MITのネグロポンティはんは、子供たちとネット接続のために気張ってはるんでっしゃろ?」
注12^
オカさんとカワグチさん:日本初のクリエイティブエージェンシーTUGBOATの創立メンバー岡康道さんと川口清勝さんのこと。当時はTUGBOATが創立して間もない頃。
注13^
BBH:イギリスの代表的なクリエイティブエージェンシー。代表作に、リーバイスのCMやレゴブロックのCMがあります。ホットというよりはクールなエージェンシー。岡﨑さんはBBH Tokyoのビジネス・ディベロップメント・ディレクター。
注14^
オダギリさん:小田桐昭さん。電通在籍時、松下電器、資生堂などのクリエイティブディレクター、トヨタ自動車やサントリーなどのクリエイティブスーパーバイザーを務め、高く評価された。
注15^
祇園のお茶会:サントリーの「伊右衛門のお茶会」のこと。詳しくはこちら
注16^
マッドメン:1960年代のニューヨークの広告業界を描いたアメリカのテレビドラマシリーズ。